【MBA(経営管理修士)からMFA(美術学修士)へ】サイエンスからアートに近づく現代ビジネス

【MBA(経営管理修士)からMFA(美術学修士)へ】サイエンスからアートに近づく現代ビジネス

少し古い話になるが、’00年代初頭あたりからアメリカの実業界において、とある人材重用の変化が取り沙汰された。

それは、MBA型人材からMFA型人材への需要の遷移だ。

MBAは『Master of Business Administration』の略で経営学修士を指す。これはご存知のことと思う。ではMFAはというと、こちらは『Master of Fine Arts』── 美術学修士という、芸術科目の最高学位である。

ビジネスにアート?と疑問符が浮かばれるかもしれないが、実際に現在、世界のエリートたちの間では、既にMBAの価値が急落し、台頭する様にMFAの人気が高騰しているのだという。

しかし一体なぜ、そんなことが起こっているのだろうか。



MBAの失墜とMFA台頭の背景とは

MBAといえば、経営全般の基礎知識の習得から論理的思考や問題の分析・解決力、他者とのリレーションシップに関わる全般的な能力が学べる実践的な学位だ。

その性質上、経営者やマネジメント階層などのビジネスリーダー、あるいはコンサルティング業を営む者にとって極めて価値の高い学位であり、世界中の大学院やビジネススクールで履修課程が提供されている人気の高い学位であった。

そんなMBAが失墜の憂き目に晒されるようになったのは、いつからなのだろうか。

多くの経済学誌にも記事や論文を寄稿しているアメリカの文筆家ダニエル・ピンクの分析によると、キーワードは「アジア」「オートメーション」なのだと言う。

氏によると、MBAのような“左脳的技術”──論理的な思考能力は、現代において容易にオートメーション化が可能であり、そのため海外の安価な労働力へのアウトソーシングが盛んに行われるようになったのだとか。

例えば、投資銀行はインドでMBAホルダーを雇い、財務分析やレポート作成を任せている。そのような低コスト国との価格競争を経て、

今では多くのMBA取得者がブルーカラー労働者並みとなっている

『ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代』ダニエル・ピンク著(三笠書房)

という現状が出来上がった。

エリートの代名詞だったMBAは、こうして失墜した。しかしそれに台頭して、MFAが注目されはじめたのは、どういった理由があるのだろう。

‘00年代初頭といえば、Appleのプロダクトが世界を席巻した時代だ。

世界的な戦争が終わり、恐慌を乗り越え、インターネットによる技術革新を迎え、中流以下の階層にもある程度モノが豊かに行き渡り、供給過剰の様相を帯びた市場環境で、製品の差別化に“見た目の美しさ”“独自性のあるコンセプト”が必要だと、広く認知が拡張されはじめた時代である。

そのような流れの中で、アート的な表現や見た目を整える能力が重視されたのだろうか。

そういう側面も確にあったとは思うが、それは一端に過ぎない。

アーティストの思考プロセスからビジネスを学ぶワケ

企業戦略はサイエンスよりもアートに近い

『経営戦略を問いなおす』三品和広著(ちくま新書)

この言葉は、科学が「人によらない」──つまり誰でも現象として再現可能なとこを本質とするのなら、企業戦略は経営者の世界観や経験を土台にした特定の文脈から発せられていることから、むしろアーティストの表現に近い、といった文脈で綴られていたものだ。

なので、ここからはかなり拡大解釈になってしまうが、私はこの一文に真が詰まっていると感じる。

MBAのような能力──ダニエル・ピンクの言葉を借りると“左脳的”な能力は、今あるシステムを上手く回したり、問題を分析して解決することを極めて得意とする一方、新しい価値・意味・概念を生み出すことを不得手とする。

例えば、白紙のキャンバスを渡され「そこに新たな世界を描け」と言われてもMBAホルダーにそれはできない。そのようなことが可能なのは、MFAホルダーである。

絵を描けることがビジネスとどう関係があるのかと思われるかもしれないが、現代のビジネス界において「何もなかったところに新しい世界を創る」能力がいかに有用か、これは理解してもらえると思う。

新しいビジネスを創り上げるプロセスは、

画家が白紙のキャンバスに絵を描くプロセスと、
音楽家が楽譜を書き上げるプロセスと、
小説家がストーリーを綴るプロセスと、
映画監督が映像作品を創り上げるプロセスと、

ほとんど一緒なのだ。

アメリカのビジネスレビューなどを見ているとよく『クリスタライズ──結晶化』という単語が出てくる。

私はこの単語が好きでよく使っているのだが、現代ビジネスではこの『クリスタライズ』という工程を遂行できる能力が極めて重要だ。

顧客は、市場は、新しいものを求めている。

例えば、

一見無関係のものを掛け合わせて今まで存在しなかった価値を見たいと思っているし、これまで複雑でうまく利用できなかったものをシンプルに表現して使えるようにして欲しいと思っている。なんなら、自分が欲しいと気がついてなかった価値あるものに気づかせて欲しいと思っている。

そんなことを求められても、それは今まで実現できなかったから存在していないわけで、そう簡単に作り出せるものではない。論理的には、分析的には、当然そう考える。

しかしアートは違う。

画家も音楽家も小説家も映画監督も彫刻家も漫画家も陶芸家も、当然のように「何もなかったところに新しい世界を創る」ことを生業としている。

これからの時代、分析や解析などの論理的な能力はますますオートメーション化、デジタル化が進んでいく。そんな中、生身の人間にしかできない工程とはなんだろうと考えると、それはきっと無いものを想像する無かったものを創造するクリスタライズする工程だろう。

世界のエリートたちがMBAを捨てMFAを学ぶ真意は、その気づきによるところが大きいと私は考える。

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