ウェブマーケティングにおいて──いやもちろんウェブ以外においても、いかに成約率を上げるか、顧客に意思決定してもらうか、これまでに多くの議論がされています。
その中で、有効とされている手法に「アジテーション(=強い言葉を使って、不安感を刺激したり期間的なリミットをアピールする)」いわゆる“煽り”のテクニックがあります。逆にそれを購入しないデメリットを挙げたり、数量限定を謳ったり、様々なアプローチが試されてきました。
もちろん、長い期間の検証結果にも出ている通り、この手法は一定の効果を認められています。しかし実は、これ単体では思うような成果が得られません。
「では他に何が必要なのか」というと、表題の通り「人の本能に訴える」仕組みが必要です。
人の意思決定は、論理よりも感情に強く影響されています。
一見、不安や焦りは感情じゃないかと思えますが、これらは論理的思考から発露した副次的なものです。我々の意思決定にはもっと深く、深層に根ざした、意識できない領域に認知的なプロセスとして存在する“感情”があります。
今回は、その深層の感情──便宜上、本能と表すことにしているモノによって築かれた壁を突破する、いくつかの原理のうちの一つ“返報性の原理”についてご紹介していきます。
人間の認知プロセスに“返報性の原理”が強く根付いた背景
“返報性の原理”とは、我々人類が『受け取った善意やサービス』に対して「お返しをしなければならないと考える傾向がある」という原理です。
これは多くの言葉を重ねなくともイメージできるのではないでしょうか。
誰しも一度や二度は、両親や学校の先生から「親切にしてもらったら、あなたも親切にしてあげなさいね」と教えられた経験があるかと思います。
なぜ、この教えが我々人類の間で途方もなく長い間守られてきたのかというと、それは『人間が社会的な動物』であることに他なりません。
このような相互援助の精神は、人類が生き残るために必要であったと考えられています。
ケニアの考古学者リチャード・リーキー氏は、“返報性の原理”は人類の進化において重要な役割を果たしたと主張しています。
比較的力の弱い人類は、自然界の競争に勝ち、生き残るために社会的に協力して相互援助を行うことが必要不可欠でした。そのため我々の祖先は、他者に好意を示すことで、将来的な援助を期待することができるようになったのだと推測されています。
加えて同氏は「人類の社会的な発展は、相互援助や協力があったからこそ可能であり、返報性の原理がこのような協力関係を強化することに貢献した」としています。
例えば、相互援助の精神が発達したからこそ、我々は業務や作業を分担することができます。生産能力を他者が担ってくれたからこそ、芸術や文化が発展したというのも疑いようがありません。
このようにして、返報性の原理は、道徳や礼儀を飛び越えて、ルールやノルマと言っても過言ではないほどの機能を得ているのだと言えます。
“返報性の原理”をうまく誘引するヒント
突然ですが、私は人からプレゼントを貰うことがあまり得意ではありません。
物を貰うのに得意も不得意もないと思われるかもしれませんが、「ちゃんと相手の期待に応えるリアクションができているだろうか」とか、「お返しに自分はどの機会に何を贈ろうか」とか、色々考えてしまうんです。
おそらく一定数の方には共感していただけるのではないかなと思いますが、これも“返報性の原理”から発露した心理ですよね。
「何かしてもらったら何かをしてあげなければならない」という義務感に心理的抵抗があるのです。「借りを作りたくない」みたいな心理傾向がある人と方向性は一緒かと思います。
これは返報性の原理が、当初の目的──人類の社会的な発展のための“相互援助の精神”から、手段だけ切り離されて“ルール”や“ノルマ”となっている一つの証明となるでしょう。
これをマーケティングに置き換えると、あまりにも大きなプレゼントは、例えそれが善意のサービスだったとしても、顧客や消費者にとっては心理的負担になったり、疑念の種になってしまうこともあります。
その場合は、そのプレゼントのサイズに見合った納得できる理由をセットにする必要があります。
そういった無料サービス他に、返報性の原理がマーケティングで有効に作用している例をあげると、例えば大道芸人──今で言うとライブ配信者に投げ銭する心理とか、基本無料のアプリゲームに課金する心理などが思い付きます。
こう考えると、現代では「その活動がセールスだといかに隠すか」に頭をひねるより、どこでマネタイズしようとしているのか、ちゃんと儲けようとしているということを明らかにしてしまった方が、この原理を上手く活用できそうです。
その上で、無料でも十分有用なコンテンツを提供できるように工夫を凝らした方が、お返ししたい気持ちをより強く誘発できるのではないでしょうか。
試供品提供や無料体験など、消費者向けのサービスの多くのケースではあまり問題になりませんが、私の業務経験上、イノベーティブで複雑な商材であったり、事業者向けの高額な商材では、このような心の行き違いが往々にして起こるので、気をつけたいです。
論理よりも上位に存在する感情
人の意思決定は、論理よりも感情に強く影響されています。
感情と言っても、喜怒哀楽のような表層の感情ではなく、本能と言って差し支えないような、我々の深層に在る意識できない“認知的なプロセス”です。
中でも、マーケティングやセールスで最も大きな障害になるのは、『現状維持』と『変化による損失回避』の二つです。
これを『認知バイアス』と言ったりもします。
なぜこれが、我々人間の思考を強く支配しているのかというと、そのヒントはロボットAI開発者である藤原ヒロシ氏のある考察の中に見つけられるかもしれません。
氏によると、人間の思考は機械に置き換えると『わずか20~30W程度』の非常に小さなエネルギー消費で行われているそう。人は、そんな少ないエネルギーで高度な処理を実現するため、様々な認知バイアスを駆使してあらゆる効率化を図っているのだとか。
思い返して考えてみれば、とても納得できる内容です。
目の前のことに対して、いちいち一から十まで、情報を集め論理的に推察してから判断していたら、例えば朝食を何にしようかと考えている間に夜になってしまいます。
そうならないために私たちは、過去の経験や情報をもとに未来を予測し判断する機能が備わっています。
「朝食はこのくらいの量でも十分昼まで活動できる」という判断は、もしかしたら間違った思い込みかもしれませんが、判断が正しいか間違っているかより、そういった認知バイアスを優先して活動しています。
このように、人は生きていく上で多くの場面で、論理的な正しさよりも上位に存在する認知的なプロセスを優先することがあります。
マーケティングやセールスにおいても、論理はあくまで感情を動かすためのサブウェポンとして、上位存在である“本能に訴える”仕組みを思索する必要があります。