世阿弥(ぜあみ)と言えば、室町時代の能の大成者です。
名前を聞いたことがなくても「秘すれば花なり」「一芸は万芸に通ず」「初心忘るべからず」など彼の残した名言なら、これまでの人生で一度は耳にしたことがあるのではないかと思います。
世阿弥の名声は日本のみならず世界的なものですが、そう足らしめる功績として『風姿花伝』という伝書があります。
風姿花伝は日本最古の演劇論で世界的にみてもかなり古い部類の芸術論書ですが、その内容がビジネスにも通ずるところから、芸術業界を飛び越えて多くの人々に親しまれています。
“経営のバイブル”なんて言われることもあるとおり、その価値は歴史的・文化的なものに留まりません。
今回は、その風姿花伝の中から『第七 別紙口伝』に書かれている内容を切り口に、人が「面白さを感じること」について解説します。
世阿弥が考察する『面白い』と『珍しい』
『面白い』とはなんでしょうか。
暗に問いかけると哲学的な問答に迷い込んでしまいそうです。
辞書を引いてみると、『面白い』とは「興味をそそられる、心が引かれる状態」もしくは「楽しいこと・愉快なこと・滑稽なこと」を形容した言葉とのことです。
なるほど。テレビでお笑い番組を見ている時、友人におすすめの映画や漫画を紹介する時、レジャーの帰り道などで口をつく『面白い』の言葉は、全網羅した説明です。
では、人に面白さを感じさせる要素とはどんなものがあるでしょう。
クスっと笑えるネタ、続きが気になるシナリオ、エキサイティングな仕掛けなど挙げればきりが無いほど多様な要素が思い浮かびますが、世阿弥は次のように表現しています。
──人の心に珍しいと感じられる時、それがすなわち面白いと言う心なのだ。花・面白い・珍しい。これらは3つの同じ心である。
風姿花伝 第七 別紙口伝
実に経営者的な視点で且つ簡潔に表現されていますが、この世阿弥の考察で独特な点は『面白い』と『珍しい』を同義と扱っているところです。
ラテン語が解き明かす『面白い』の源泉
『面白い』という言葉について、辞書での説明をもう少し深く読むと「一風変わっていること」「普通と違って珍しいこと」という意味も挙がっています。
言われてみると「今年の新入社員に面白いスキルを持ってるやつがいてさ」とか「あの鳥面白い鳴き声だな」のような使い方も確かにしますね。
これは英語で言うと『funny』のような面白さではなく、『interesting』を使用する場面──興味深いと感じた時や好奇心を刺激された時に出る『面白い』に近いニュアンスなのでしょう。
ここから考察を広げていくと、さらに面白い符合を見ることができます。
『interesting』動詞系『interest(興味・関心)』の語源にあたるラテン語の『interesse』ですが、この単語には「他と異なる」という意味があるのだとか。
世阿弥は『面白い』と『珍しい』を同義とし、英語では『他と異なる』を語源として持つ。
これはただの偶然でしょうか。きっとそうではありません。
どうやら、人は古来より珍しいもの他と異なるものを『面白い』と感じ、興味を惹かれるようにできているのです。
UXデザイン・マーケティング戦略としての『面白さ』
デザインやマーケティングの戦略を立てる時、ユーザーが『面白い』と興味を惹かれる体験を創るには「珍しい・他と異なる」という刺激が必要です。
マイケル・ポーターの競争戦略などでもバリュープロポジションやUSP(ユニーク・セリング・プロポジション)──つまり他社との明確な差別化ポイントの提示は、重要なファクターとして語られており、多くの方の知るところかと思います。
ですがマーケティング関連の情報のみでこれを解釈すると、競争戦略のその名の通り“他社との比較検討の段階で活躍するもの”と、人の合理性や論理にアプローチする訴求だと解釈されているのではないでしょうか。
もちろんそれも一意ですが、UX(ユーザー体験)デザインの視点からみるとやや異なる見解が生まれます。
人のもっと本能的で直感的なアプローチ──『面白い』と認知して興味を示してもらうためにも、「珍しい・他と異なる」という差別化ポイントの訴求が、実はとても重要です。
これが抜けてしまうと、そもそも比較検討などの論理的な思考に進む前に認知にはじまれてしまうので、むしろ計画上無視できない要因とも言えます。
・人の論理に向けたバリュープロポジション
・直感に向けた『面白さ(珍しさ)』
両面に向けて戦略設計できるとマーケティングの質がまるで変わっていきます。
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