“デザイン思考・デザイン経営”が浸透しない最大のハードルは「デザイン」という言葉の誤解

“デザイン思考・デザイン経営”が浸透しない最大のハードルは「デザイン」という言葉の誤解

「デザイン思考」「デザイン経営」

これは近年、世界を舞台に活躍する多くのグローバル企業の間で半ば常識と化した経営思想ビジネスモデル設計における思考法である。

2018年5月、経産省と特許庁の共同で「デザイン経営宣言」という報告書が取りまとめられ、日本でもその名を知られるようになった。

デザインへの投資的効果

その報告書によれば、デザインへの投資的効果、つまりデザイン経営を導入するメリットは極めて高い。

イギリスの調査によれば、デザインへの投資額に対して4倍の利益を創出している。またアメリカの調査では、デザインを重視する企業の株価はS&P500(アメリカの代表的な企業の株価指数)全体と比較して10年で2.1倍の成長率だったと言う。

国内でも、株式会社ビビビット(クリエイター採用のウェブサービスを展開する企業)の調査で、デザイン思考・デザイン経営を導入している企業の70%が売上・利益率の増加に効果を実感していると明らかになった。

特許庁作成の「産業競争力とデザインを考える研究会」では、企業における価値創造の必要性について、以下の様に記されている。

急速に技術力を高めてきた新興国企業の市場参入や機能に対する顧客ニーズの頭打ち等によって、2000年前後から製品の「コモディティ化」が見られるようになった。

我が国企業は製品の品質や機能のみでは優位性を確保することが困難となり、熾烈な価格競争を強いられる状況が長年続いている。

当ブログでも同じ様なことは何度か言及してきているが、製品やサービスのコモディティ化-つまり機能や品質の均一化-がここ十数年で一気に起こっており、ブランド力やイノベーションなどといった、付加価値や全く別の価値を創造しなければ競争が困難な状況になっている。

逆説的に「それさえできれば容易に競争優位に立てる」というのが「デザイン思考」「デザイン経営」を推し進める論拠となる。かなり雑な意訳かもしれないが、大筋間違っていないと思う。

未だデザイン思考が浸透しない日本企業

これだけの数値的効果が報告されており、とてもシンプルな導入推進の根拠が示され、世界では続々と活用され競争が行われている一方で、日本企業ではまだまだ認知されていない現状が深刻である。

先ほども名前を挙げた、株式会社ビビビットの調査では、デザイン思考・デザイン経営の用語認知率は50%を下回っており、実際に導入している企業は15%未満にとどまっている。

こちらの調査は2018年11月のものなので現在は認知が広がっているかもしれないが、ニュースサイトでも徐々に話題にあがらなくなってきている現状を見るに、その可能性は限りなく低いだろう。

日本のROE(自己資本利益率)を欧米のそれと見比べてみても、その差が埋まっている兆候も見られないし、相変わらず低い水準を飛行している。これもまた、新しい経営思想の導入に足踏みし、未だ世界のレースに参加できていない現状をうかがわせる。

デザイン経営の定義は、経産省と特許庁の報告書「デザイン経営宣言」で以下のように記載されている。

1 経営チームにデザイン責任者がいること
2 事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること

つまり、Appleにおけるジョナサン・アイブ、IBMにおけるダグ・パウエル、ユニクロにおけるジョン・C・ジェイ、良品計画における原研哉や深澤直人のような、デザインの専門家を経営陣ないし経営直下に据える。または、ダイソンやAirbnbのように経営者自らがデザインに精通する、もしくは高度なデザイン人材を育成、デザイン部署への増資など。

このいずれか、ないしいずれもに対して投資し、経営資源としてデザイン人材を重用することが、経産省・特許庁の言う「デザイン経営」の導入方法である。

しかし「デザインの専門家」「デザインに精通する」「高度なデザイン人材」などと、デザインデザイン言われても、そもそもその“デザイン”とやらが具体的になんであるのか想像できない測れないという根本の問題が、この導入を阻害している。

デザイン思考・経営が浸透しない最大のハードルは“デザイン”という言葉の概念の不親切さなのだ。

デザイン経営導入を困難にしているデザインという言葉の解釈

デザインという言葉を、一般的にどういった風に使っているだろうか。

「この服、デザインかわいい~」
「家賃は少々お高いですが、こちらデザイナーズマンションですので」
「デザインはいいけど、この棚ちょっとデカいなぁ」

恐らく、こんなところではないかと思う。私も日常的な用法であれば、こんな感じだ。

もちろんこれが間違っていると言いたいわけではない。そもそもデザインという言葉が盛んに使われ始めたのはヨーロッパ美術が発端であるし、産業革命後に隆盛したアール・ヌーヴォーの時代には、プロダクトの様式を指していた背景もある。

輸入概念として取り入れた日本ではことさらこの影響が強く、図案・意匠・装飾の事を“デザインと呼ぶ”、もしくはデザインを“意匠や装飾と和訳する”背景は、そんな時代によって築かれ、今も引き継がれている。

しかし、デザイン(Design)には別の意味もある。

De-Sign。
語源はラテン語で、Deはfromみたいな意味、Signはラテン語ではSignareとなるが意味は同じく記号とか符号といった意味になる。

つまり記号化して表する-設計と言っても良いかもしれない-といった感じが、古来に使われていた-さらに昔からこの言葉を用いていた欧米諸国で広く知られる-本来的な用法だ。

先に述べた「〇〇のデザインが」とか「〇〇風のデザインですね」とか「〇〇のデザインが良い悪い」など、いわゆる表出した意匠や装飾といった属性としての解釈も決して間違いではないが、それはかなり最近に定着した概念である。

デザインという言葉の持つ広い意味の中では、De-Signを行なった最も下流の最終的にアウトプットした一部分の属性にすぎない。

現代で盛んに叫ばれている「デザイン思考」「デザイン経営」で用いられているデザインの概念は、本来的な用法に近い

最終的に表出する意匠や装飾といったものを生み出すまでのプロセスそのものをデザインと呼んでいるのだ。

そして、そのデザインを携える人々の持つ独特のプロセス、思考や設計思想をビジネスのあらゆる過程に活かす事で、新たな価値創造を目指すことが「デザイン経営」である。

この点の誤解が「デザイン思考」「デザイン経営」導入をとても困難なものにしている。

デザインという言葉の概念はとても広く、また今も進行形で広がっているきらいすらある。これを場面場面でどう使われているのか正確に判断することができなければ、ビジネスの上流工程で活用することはできないだろう。

何か別の言葉で区分できればとも思うが、それもまた困難だ。せめて自分の手の届く範囲までは、正確な理解を広めていきたいと思う。

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