私が学生時代に活動していたバンドのメンバーは、私含め決して演奏スキルの高い人材ではなかった。
加えて、音楽に関する専門的な教育を受けていたわけでもなく、楽曲制作について学習していたことと言えば、過去にいくつかの楽譜をコピーしていたくらいで、はっきり言って素人だ。
しかし、そんな素人の集まりであった我々が、ゼロから楽曲を制作できたのは、しかも極めて短い期間で-時には一ヶ月後のイベントに向けて3曲余りを制作したこともある-ある程度聞かせられるレベルの楽曲を生み出すことができたのは、なぜなのだろうか。
それは一重に、ジャムセッションという“集合的創造性”へ効率的にアクセスできる方法論を選択していたが故であり、その結果、個々人の能力を遥かに上回るパフォーマンスを発揮できていたからなのだろう。
前回、即興的会議でグルーブを生むリーダーシップ【上】概念編でも記した通り、集合的創造性の基本コンセプトは“人と人との知性の交わりは関数である”ということ。
複数の人々のそれぞれの知性は、正しい場と正しい順序で交わることで、単純な足し算ではなく掛け合わされて、人数に応じて、それこそ指数関数的に増大していく。
では一体、どうすればビジネスの現場でも、そのようなパフォーマンスを発揮できる交わりを、会議を通して実現することができるのだろうか。
今回は、会議の参加メンバー全員のポテンシャルを十二分に引き出す“即興的会議”をファシリテーションするために、リーダーがすべき3つの基本的な約束事を紹介していく。
❶決め事は最小限にし、結論は持ち込まない
コンセンサスを目的とする一般的な会議では、結論が絶対的に存在する。故に議題の進行は、そこへいかに導くか、説得するかが主眼となる。
この場合、オーケストラの楽員に配られる楽譜のように、ゴールの質は会議の前に予め決まっている。
一人の発案者が発想したアイディアが良質であれば、作者の意図の通り進行することに問題はない。むしろそれはそれで一つの形として完成された、効率的な在り方とも言える。
しかしその形は言い換えれば、アイディアが良質であることによって効率性が担保されているに過ぎない。
その質は発案者の双肩にのみ掛けられ、その質が悪ければ当然演奏は瓦解する。つまり説得が上手くいかなければ新たな課題が山積するか、最悪の場合仕切り直しだ。
そして多くの場合、初めから楽譜が良質なことなどあり得ない。それにより、いく度に渡りプレゼンテーションを重ねるという、効率とは真逆の会議に成り果てる。
その昔ビジネスがもっとシンプルだった時代は、楽譜に求められる精密さも今程ではなく、このやり方が最も効率的だった。しかし複雑化した現代社会では、そんな形骸化したやり方ばかりを継承していても、目に見えて役に立たなくなってきている。
もちろん、従来のオーケストラ然とした会議を全面的に廃止するべきというような趣旨はない。ただ、新しく-ジャズやブルースのミュージシャンが行うジャムセッションの様な-“即興的会議”の在り方を取り入れ、使い分けるべきと思う。
ジャムセッションには楽譜がない。
代わりに大体8小節程度の短いコード進行を繰り返すという暗黙の了解があり、その最低限のルールに従って、演奏者全体の発想の流れに身を任せ、自由に進行されていく。
すなわち、“即興的会議”を構築するためリーダーがまず始めにすべきことは、楽譜=結論の排除。
そして、その代わりに発想のベクトルを揃えられるだけの最小限のルールを提示することだ。
これにより会議は、プレゼンや説得の場ではなく、関係者によるディスカッションやダイアログの空間となる。
また、自らの思考を縛るほど厳しくはなく、目指すべき山頂が見えない不安に駆られるほどでもない最小限の決め事によって、流れに身を委ねて自然に発想を膨らませていくことが可能となる。
❷未完成の意見を妨げず、発想力を刺激する
会議の意図が説得ではなく発想にあるのだとメンバーに共有できたら、次はその発想を促すフェーズとなる。
そのためにまず必要なのは、未完成の意見を妨げないことだ。
楽曲制作におけるジャムセッションでは、時に無謀とも思える挑戦であっても喜んで受け入れ、あまつさえ自らも呼応するように変容してみせる。これによって実践しているのは、相互受容と検討のサイクルだと前回紹介した。
「初手は手放しで無条件に全てを肯定し、受け入れる。」
これは発想力を刺激する上でも極めて重要なこととなる。否定はメンバーの発想を萎縮させる最悪手であり、結果として“集合的創造性”へのアクセスを著しく妨害する。
では、全ての意見を肯定して都度心ゆくまで検討しようかと言うと、何かと制限のあるビジネスの現場ではそうもいかない。加えて、自分の意見が都度検討されると思うと、迂闊に発言できない心理にもつながってしまう。
そこで、効果的な手が“承認”だ。
これはこの章の見出しをわざわざ「妨げない」とした真意でもある。
挙げられた意見その全てを“検討”せずとも、ただ“承認”すれば目的は達成できる。かつ、発言の責任感も劇的に薄れるため、メンバーはより気軽に直感的に意見を述べることができる。
意見を承認する方法は数多あるが、最も簡単な方法として「貼り出し法」を紹介する。
これは、元HP品質コンサルタントであるデビッド・ストレイカーが自身の著書「問題解決のための高速思考ツール」で紹介し、一躍有名になった思考ツールだ。具体的な内容は、アイディアを短いコメントでポストイットやカードなどに書き出し、壁に張り出していくというもの。
これは、当社ズーム社内で行ったワークショップで作成した一枚だ。A2の画用紙を2枚貼り合わせて、A1の大判サイズにしている。
内容については社外秘のためボカしてあるが、まずキーワードを短い文章で書き出していく。文章として練られたものではなく、直感した程度の短いキーワード(未完成の意見)で良いので、発案のハードルが極めて低い。
ある程度集まったら、メンバーでディスカッションしながら分類、ないし構造化していく。
ちなみにこの時使った分類は、XPLANEのスコット・マシューズが考案した「エンパシーマップ」というもの。
顧客のプロフィールを、考えていること・見えているもの・聞こえているもの・感じていることという4つの視点で発想していき、イメージを固めていった。
また、見ていただいて分かる通りポストイットは非常にカラフルだ。加えて各キーワードの関係性も、並べる順番や位置関係で視覚的に一覧することができる。
この様に、情報を視覚的に扱うこともまた、発想を刺激するのに一役買っている。
貼り出し法はもちろんだが、アジェンダやプロジェクトのゴールを、写真やイラストなど図案を用いてメンバーに共有することでも、思考のスタートダッシュは格段に力強くなるので試してみて欲しい。
❸混沌を恐れず、むしろ意図的に作る
こういった会議を進行していくと、必ずと言っていいほど混沌の時間が訪れる。
時には次の発言がなかなか出ないとった場面も経験すると思う。どんなに小さく未完成な意見もいちいち承認しているのだから、考えてみれば当たり前だ。
しかしそれは多くの場合、優れたアイディアが表出する前触れである。
優れたアイディアは混沌の先にしかない。
これはもちろん私の経験則としての結論でもあるのだが、世界中の多くのクリエイターやクリエイティビティ研究者も、口を揃えて同じことを言っている。
故に恐れない。むしろ貼り出し法をはじめとした即興的会議の進行方針は、これを意図的に作り出す様に仕向けられている気さえする。
前回、私のバンドマンとしての作曲経験の中で、楽曲制作の初期はほとんどが突拍子のないアイディアのぶつけ合いになると書いた。
そのせいで、いきなり変なプレイをし始めるメンバーがいたり、手に余ることを試してミスが続いたり、時にはテンポが崩れたり不協和音になってしまうこともある。つまり、場が混沌としてくる。
しかし、そういった混沌でさえも肯定的に身を委ね、即興的に対応し続けることで、その中から本当に出現したがっている結論を感じ取ることができた。
共鳴している感覚。具体的には見えない完成形に、それでも一歩ずつ歩み寄っている高揚感=グルーブを感じることができた。
これは、全てのビジネスパーソンにクリエイティビティが求められる現代の社会環境でも、極めて重要な感覚であると確信している。
“即興的会議”を進行する時は、安心を得るためにあらかじめ用意した楽譜で、お互いを説得し合うだけの“ありきたりな在り方”を捨て去って欲しい。
会議の中で小さな実験を積み重ねながら、一歩一歩目標が明在化していく高揚感、“グルーブ”をメンバー全員で感じて欲しい。それは決して一人では成し得なかった、関係と交感が生み出す“集合的創造性”の産声とも言えるものだ。
そうして顕現した結論は、喜びにも似た極めて高いエネルギーを内包し、ビジネスや、社会変革をも推進していく上で大きな力となることをお約束する。