デザイナーの卵に聞かれた質問「学生のうちにやっておいた方がいいことはありますか?」への答え

デザイナーの卵に聞かれた質問「学生のうちにやっておいた方がいいことはありますか?」への答え

以前、美術系専門学校でのセミナーイベントにお呼ばれした際、学生の一人からこんな質問をいただいたことがありました。

「学生のうちにやっておいた方がいいことはありますか?」

イベントの内容は、様々な分野の現役クリエイターたちが、いくつかのトークテーマになぞらえてパネルディスカッションをするといったものだったのですが、この質問をいただいたのは、その後に行われた懇親会での出来事です。

その時の私は、数秒考えた末「自己表現」と言ったようなことを答えました。

その後にももちろん補足をたくさん伝えましたが、たった数秒だったとは言え、その一言にたどり着くには多大な思惟があったので、きっと伝わりきらなかったろうなと、若干の後悔が残っています。

上記の質問に含まれる意図はなんだったかと今改めて考えてみると、きっともっと実際的なアドバイスが欲しかったのかな、なんて思います。

例えば、就活するときにウケのいい実績とか、面接で話が膨らむ経験とか、そんな感じの就活に向けて仕込んでおく飛び道具みたいな、恐らくそんなような情報を期待されていた気がします。



仕事としてのデザインに学習の場を依存した学生時代

私の学生時代を思い起こすと、やはり何をしていいのかわからなくて、しかし授業の課題だけやっていればいいとも思えなくて、やけくそみたいにインターンやアルバイトでデザインの制作会社へお邪魔していました。

最初は銀座にあるウェブ制作会社で、16年前のちょうどこの頃、1年生課程を履修した春休み。とにかく早く働きたかった私は、おそらく同級生の中で最も早く、インターンを開始していました。

その後も知り合いづてで頼まれたデザインを制作したり、長期休暇になるたびにインターンに明け暮れ、今考えると「なぜ?」と思うくらい生き急いでいたことがわかります。

そんな生活を続けていたので当然、報酬が発生するデザインと比べて、授業料という形で逆にお金を払ってやるデザインはプライオリティがどんどん落ちていったことを覚えています。

もちろん、そこで得た経験は“かけがえのないもの”であったことは前提としつつ、あまりに初期からクライアントワークに傾倒するリスクも、当時の自分に伝えてあげたかったと、今では思っています。

学生の、ましてや1年生の過程を履修した程度では、当たり前ですが、デザイナーとしてヒヨコです。いや、まだ殻も破れていない卵と言ったほうがいいかもしれません。

卵の中にいるヒヨコは、自らを育むことに全エネルギーを集中します。それと同じように、デザイナーの卵たちも、自分の素質を伸ばしていくことを最優先にするべきなのです。

もちろん、学生のうちはクライアントワークをするなと言っているのではありません。かつての私のように、仕事としてのデザインだけに傾倒し、貴重な「自己表現」の機会を疎かにして欲しくないという意味です。

そうしてデザイナーになって数年後に困った“あること”

少し具体的な例を話をしましょう。

学生として学ぶデザインもそこそこに、社会人としてデザイナー業を出発した私は、数年後“あること”で困りました。
それはもしかしたら、“業務としては”そこまで問題ではなかったかもしれませんが、個人的には自分の表現者としての素養を疑いかねない大きな“わだかまり”でした。

その“あること”とは、“美しい曲線が描けない”ことです。

描けなくなったと言った方が正しいかもしれません。なぜなら私は元来、絵を描くことが好きで、デッサンなどは当然のことながら得意科目。手前味噌ながら、成績はいつも上位でした。

そんな私が、フリーハンドで美しい曲線を描けなくなっていました。

直線に比べて曲線は自由度が高く、美しさを表現するにあたっては難易度が跳ね上がります。なぜなら、自分の中に“美しい”の基準がなければ、ほぼ無限にある選択肢の中から最適なバランスを見つけ出すことが困難だからです。

これはレイアウトを考える上でも足枷になります。

曲線的なレイアウトを扱えないとなれば必然的に、グリットを用いた直線的なレイアウトしか選択できなくなります。
選択肢がないのなら、限られた中で最善を尽くせばいいという向きもあるかもしれませんが、自分が再現したいイメージが浮かんでいるのに、それを選べないというのはなんともストレスのかかるハンディキャップです。

なぜこんなことが起きたのだろうかと考えると、それはやはりインターンやアルバイトにデザインの学習の場としての比重を傾けすぎたことが原因でした。

当たり前ですが、学生のインターンに重要な仕事は回ってきません。これは新卒で入社した際にも言えることですが、最初の少なくとも1~2年間はデザイナーとも呼べない、クリエイティブソフトを扱えれば誰でもできるようなオペレーター業務が中心になっていきます。

自分の中の“美しい”の基準を醸成する前に、一足飛びで業界に浸りすぎてしまったがために、数年後いざデザイナーとして独り立ちした時、このような困りごとに直面してしまったのです。

大切なのは「何をやったか」より「何を考えたか」

「学生のうちにやっておいた方がいいことはありますか?」

この質問に対する私の答えは、やはり「自己表現」です。

確かに、インターンに何社行っただの、学生のうちにフリーランスで活動していただの、そういったものは就職活動の際、アピールポイントになり得ます。ポートフォリオの賑やかしとしても優秀に見えるかもしれません。

でも、先ほど言ったように、しっかりと自分の中の“美しい”の基準を醸成していない段階で創作したデザインのクオリティなど、たかが知れていますし、プロのデザイナーが見れば一発でわかります。

もちそんそれが無意味とは思いません。仕事として相手とコミュニケーションしてデザインが作れるという事実は、訴求しておいた方がいいです。少なくとも協調性はありそうだという判断材料になります。これも極めて大切なことです。

けれど、せっかくデザインを専門に勉強しているのですから、就職活動のための学習ではなくて、2年後3年後、もっと先に一人前になった自分の財産となるような学びを深めていってほしいと私は思います。

そのために、具体的に何をやったらいいのか、今付け加えるなら、

まず「モノゴトを観察する目を鍛えてください」。
モノゴトを多角的に見て聞いて感じて、見る側面によってどのように、見え方や感じ方が変わるか、認知を開いてください。

もう一つ「連想力を高める訓練をしてください」。
人に何かを伝えるときには、その人の想像力や連想力をうまく刺激してあげる必要があります。そのためにデザイナーというのは、情報に“見るこのとのできる画”を加えて、伝わりやすくすることを生業としているのです。

他にも身につけておけば役立つ技術はいくつかありますが、あまり欲張るより、重要なことを選択して集中する方が卓越度が高くなるので、二つに絞りました。

大切なのは「何をやったか」より「何を考えたか」です。

今日日、学生の内から仕事を受けるなんて珍しいことじゃないです。何かのコンペで採用されたとか、もしくはよっぽど大きな案件でもない限り、そのアピールは大したインパクトを生みません

そんなことよりも「どのくらい深く見たか」「どのくらい深く考えたか」を語れるデザインでポートフォリオを組むことをオススメします。そして、その訓練の成果はきっと、数年後の君たちの力になります。

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