“UX(User Experience)”と聞くと、“UI/UXデザイン”というデザイン職の種別の話かと直感的に思われるかもしれません。
確かにUXの出自は、元を正せば“HCD(Human Centered Design)”──『人間中心設計』というデザイン手法・哲学に端を発しています。
また、この言葉が有名になった経緯にスマートフォンの普及とアプリのUI設計に取り入れられはじめた背景が強く関わっていることも、UX=UIデザインという混同した認知が浸透した結果につながっていることと思います。
もちろん、狭義では“デザインの一分野”なことに間違いありません。
しかし、本来的な意味での“UX”とその研究領域には、ビジネスやマーケティングそのものにとってかなり直接的で極めて有用な情報が多く眠っています。
UXはデザイナーだけのものじゃない
“UX(User Experience)”は『ユーザー体験』と訳されます。
冒頭で、その親となる概念としてHCD(人間中心設計)について少し触れましたが、こちらが主に「ヒューマンエラーの回避」や「安全・快適な利用」を目的としてフレームワーク化されているのに対し、UXはそこからさらに「喜びのある体験」を創出するという本懐を掲げています。
HCDからの派生で耳馴染みのあるものに“ISO規格”というものがありますが、ISOが国際規格として育っていった結果と対比するとわかりやすいかもしれません。
ISOが目的とするところはあくまでユーザビリティーですが、UXはそれらも含めたユーザー体験を探求する分野です。
本当はもう少し複雑に成り立っている親子関係を、わかりやすさを優先して意訳により簡略化させていますが、大体こんな感じの認識で大丈夫です。
さて、ここまででUXとUIデザインが根本的に別格のものということはおわかりいただけたと思います。UXはUIのようなアウトプットとしてのデザインより、もっと上位の概念なのです。
しかし、そうは言ってもUXを設計する──ユーザーにとって良い体験を創るなどと言われても、ビジネスに落とし込むにはややビジョナリーに過ぎます。
言葉を濁さずに言えば「理想論ではメシを食えん」といった感想を覚えられたのではないでしょうか。
確かにこの概要だけ見るとそう思われるのも無理のない話で、実際入り口の解説で必ず語られるこの手の話題だけ見て、不要視される方も多く見受けられます。
ただ、ここで引き返してしまうのは少々勿体無いのです。
UXが解き明かす人が“良い”と感じる心理
UXの研究で用いられる学問領域は、主に心理学です。認知工学や人間工学、感性工学などの知見が用いられます。
発表されたレポートやフレームワークを見てみると、UX研究ではデザインの手法やノウハウというよりむしろ、人の心理や認知の分析が多くの割合を占めていることがわかります。
UXが「ユーザーの体験を設計する」ことを標榜しているので当然と言えば当然ですが、まずは“人を知る”ということが研究テーマとなってます。
これは、『客体』を主な哲学とする“デザイン思考”とも共通しています。
人の心理や認知をビジネススキームに活用する知見は他にもたくさんあります。カーネマンやセイラーなど、マーケターなら一度は目にしたこのある名著も山ほどありますし、そこであえて似たような分野としてUXを学ぶ意義に疑問符が浮かぶかもしれません。
しかし、UXは基礎的な哲学にHCD(人間中心設計)があり、そのため『人の価値評価形成』について深く論じている点において、他では学べないユニークな性格を有しています。
例えば、アメリカの認知工学学者ドナルド・ノーマンは人の評価形成を3つに区分して、その特性を説明しています。
①本能レベル…外観など瞬間的な印象・体験
Donald Arthur Norman, 2004
②行動レベル…使用時の効用や喜びのエピソード的な体験
③内省レベル…自己イメージや満足感・思い出など累積的な体験
これは人の価値評価形成がどういった体験の積み重ねで合算されているのかを実に明確に示しています。
繰り返しになりますが、こういった分析は他の知見からは学べない領域です。
マーケティング戦略としてのUX評価
UXの期間モデルも掘り下げていくと大変有用ですが、マーケターが、デザインを含めた訴求を計画していく上で最も参考なるモデルが『ハッセンツァールのUXモデル』です。
これは、ドイツのUX研究者マーク・ハッセンツァールが2005年に提唱した界隈では有名なフレームワークで、人の価値評価形成がどのように行われているか──つまり、ユーザーが「良い」と感じる仕組みを明らかにした極めて優秀なモデルです。
そして、このモデルを活用するとどんなことができるのかというと、ズバリ『良いデザイン』かどうか、マーケティングとしてもっと全体を包括するならば『良い施策』かどうかまでをも判定することができます。
便宜上全体を掲載していますが、今回注目するのは中央ブロックの下段『快楽的属性』のみです。
本来ビジネス的にアピールすべきUSPやバリュープロポジションは、機能や便益といった『実用的属性』に大きく傾いていることが多いのではないでしょうか。
しかしこのモデルでは、それと同等に『快楽的属性』が並べられています。
『実用的属性』という理性的判断による評価条件の他に『快楽的属性』という感情に依る評価基準があるという示唆だけで既に優れたモデルですが、『ハッセンツァールのUXモデル』ではさらにそこから『刺激』『同定』『喚起』と細かく注目すべき点を明示してくれています。
・刺激は、面白いと感じること、他と異なる認知
・同定は、自分の所属との同一性を識別できること
・喚起は、行動を起こす理由付け、ないし効力予期
これらは基礎に認知心理学(バイアス・ヒューリスティック)の観点が入っており、つまり人の価値評価は「合理的に行われていない」という前提の示唆が含まれます。
マーケティングの場面では、これらの留意点を計画に含めて、ターゲットの認知に引っかかる・心理に影響を与える計画を行う必要があります。
マーケターも活用したいUXという知見
“UX”と聞くと、“UI/UXデザイン”というデザイン職の種別の話かと思われるかもしれません。
もちろん狭義では“デザインの一分野”なことに間違いありませんが、本来的な意味での研究領域には、ビジネスやマーケティングにとって極めて有用な情報が多く眠っています。
入り口で語られる内容が総じていかにもデザイナーが好きそうなビジョナリーなものなので、踵を返してしまうビジネスパーソンも多いのだろうと思いますが、その実、細かい内容はとても実際的で実用的です。
“デザイン思考”のフレームワークも、基本的にはUXの知見が源流です。
今回紹介した内容はほんのさわり程度ですので、気になった方はぜひ学んでみてください。
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