コロナの外出自粛で人と会わなかったツケ

コロナの外出自粛で人と会わなかったツケ

このコロナ禍で人と会って話をする機会が極端に減った人は多いはずだ。人と会話をしないとどうなるか、確実に会話が下手くそになる。

以前から人とコミュニケーションを取るのは好きで、自信もあった方なのですが、先日、初対面の人と会った時、会話がとんでもなくヘタクソになっていたことに大変な失望と驚きを感じた。

緊急事態宣言下にとある漫才師が「しばらく劇場で客前に立てないことが懸念」だと語っていたが、呼吸のタイミング、間といった絶妙な感覚が分からなくなってしまうからだという。プロでさえそうなのだから私のような一般人にとっては…と考えると恐ろしい。

そこで今回は、会話をテーマに書いていきたい。

人の印象は会話の内容より見た目で決まる?

ビジネスシーンやサービス接客業でよくよく出てくるメラビアンの法則というものがある。

アメリカの心理学者であるアルバート・メラビアンが提唱した、話し手が聞き手に与える影響を実験に基づいて数値化したもので、「コミュニケーションをとる際にどのような情報によって印象が決定されるのか」ということを検証した。

実験の結果、「言語情報」「聴覚情報」「視覚情報」の3つが、以下の割合で印象に影響を与えたことが分かった。

メラビアンの法則_参考図

こうしてみると、視覚情報がほぼ半数を占めるため、見た目が大事だと思いがちだが、ちょっと待ってほしい。この実験は非常にシンプルなもので、録音した音声と顔写真を同時に見聞きして、どのような感情を持ったかを調査したものだった。

つまり、愛を囁くような甘い声色であってもその顔が怒りや不機嫌を露わにしていた場合、額面どおりにその言葉を受け取らず、視覚情報を優先させた結果ともとれる。

聞き手にどのような印象を与えるか。視覚ももちろん大事ではあるが、言語、聴覚との掛け算で総合的に判断される。

たとえ見た目がだらしなかったとしても話していることに一貫性があり、相手の興味を惹きつけるような話題を提供できた場合、そのギャップがプラスの働きをしたりする。その逆もまた然りだ。

ネタバレの会話技法

この間、Twitter界隈でシン・エヴァンゲリオンの映画公開が始まった際に、ネタバレをとても嫌悪する流れがあった。当然ながら、絶対に許せないと考える人もいるし、作り手側だったら尚更だろう。

しかしながら、限りなく少数なのかもしれないが、私は基本ネタバレしてほしい人である。映画やドラマも起承転結をざっくり分かった状態で見たいと考えている。

そんな中、キッチンで洗い物をしながら、すべらない話を聞いていた時にふとあることに気付いた。

誰だったか忘れてしまったが、「○○だなっていう話なんですけど…」と、最初にオチの出来事や感情を切り出してしまう技法である。オチに掛けての伏線回収が話の面白さと相まってより惹き込まれる。

「これが何の話であるか?」を先にネタバレしておくことで、聞き手に期待と予測をさせ、話と同じ流れに誘導していくことができるというワケだ。

人の話をつまらないと感じるとき。本を読んでいて別のことを考えてしまうとき。映画やドラマを見ていて、なぜか集中できないときがあるが、それは、期待や予測が話の内容とチグハグになっているときに起こる。

「この話はどこからどこに向かっているのだろう…」「思っていたのと違う…」と感じるのは、事前にセットアップができていないからだ。

これは、会議や打合せの場面でも同じことがいえる。目的や議題を参加者全員で最初にすり合わせておかないと、議論が進む中で脇道に逸れに逸れ、で、結局今日何を決めなきゃいけなかったんだっけ…と、大人数の時間をただただ浪費してしまうことになりかねない。

結論を切り取ってネタバレしたり、匂わせたりすることで前もってセットアップする。これは対話の場におけるテクニックだといえる。

話の上手さは結局場数がモノをいう

考えれば簡単な話ですが、プロでさえ、いやプロだからこそ話を意識的に練習している。

よく聴いているラジオパーソナリティが放送の中で言っていたことですが、当日話すエピソードトークは会議の場や放送前に作家にぶつけてみて、反応を見て話しの展開や表現方法をブラッシュアップしているそうだ。

前述した芸人さんが舞台に立てないことをネガティブに捉えていたのも同じことを言っているのではないだろうか。練習をする場、場数が極端に減ってしまうことで現状維持ではなくパフォーマンスがどんどん低下してしまうのだから、懸念というより失ってしまう恐怖に近いのかもしれない。

人前で話す機会や環境を芸能人やタレントといった方々と同じにするのは難しいが、一般の人もできないことはない。それにはとにかく試行回数を増やす、に尽きる。

年を重ねると人間関係も割と凝り固まってきて、敢えて初対面の人と積極的にコミュニケーションを取ろうとする人はきっと多くない。この1年間は外部的な圧力でその傾向はより強まっているはずだ。

さいごに

好きになるのに理由はいらないなんていうけれど、人の心が動いた瞬間は実はとてもドラマチックだ。ただ、中々ビジュアル化したり、言語化することを人はしない。

言葉の表現力とは、語彙力、ボキャブラリー、引き出しの多さとも言い換えられる。

本を読んだり、お笑い番組などで見て、この表現やフレーズは良いなと思うものは様々あるものの、実践しないことには中々身に付いていかない。

口に出して、人にぶつける試行回数を増やせばフィードバックの機会も増えて、話は自然と上手くなる。SNSなどではなく、人と直接会ってその話をした方が絶対に良いに決まっている。

また、感情の揺れ動きは言葉によって解像度は引き上げることができる。いつもの景色が変わった瞬間、夜も眠れないほど悔しかった瞬間、顔から火が出る思いをした瞬間。雷に打たれたような衝撃的な出来事。そんな前置きを入れると単純な喜怒哀楽の心の揺れ動きもドラマチックに表現できるかもしれない。

解像度を上げていくと表情や声のトーンに自然と感情が乗っかって身振り手振りも増える。そうなると前述した言語×聴覚×視覚が乗算されていく。

緊急事態宣言が解除された今、手洗いうがいマスク着用など基本的な感染対策をきっちり行った上で、以前の勘を取り戻していきたい。

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