ビジネスの難題を解決するために知っておくべき“デザイン思考”の実態

ビジネスの難題を解決するために知っておくべき“デザイン思考”の実態

人は必ずイメージをもとに思考している

これは古代ギリシャの哲学者アリストテレスの言葉だ。『イメージ』とはつまり『像』のことであり、人はいかなる思考も像を心に思い描きながら行っているのだと言う。

これは裏を返せば、心の中でイメージが描けなければ、思考することもできないということになる。

当然だ。人は無いものを知覚できない。見えないものを見ることはできない。言葉にならないことは理解できないし、存在しないものの形を知ることはできない。人は基本、未知のものを発想することはできないのだ。

「そりゃそうだわな。でも、それの一体何が問題なの?」

もし、こう思ったのだとすれば、あなたは今まさに上記の事柄を体現するような、貴重な経験を得たと言える。



人の思考の限界がビジネス訴求に及ぼす難題

以前、『たった1人にフォーカスするターゲット設定が市場価値を最大化する』という記事の中で、自動車の発明者であるヘンリー・フォードの有名な逸話を紹介した。それは同氏による、次のようなセリフで始まっていた。

もし私が顧客に何が欲しいか聞いていたら、もっと速い馬車を作っていた

製品やサービスの開発はもちろんのこと、私たちズームの生業としているデザインやブランディング、広告の現場でも、この手の難題は度々ゴールへの道筋に立ち塞がる。

いやむしろ、高度に複雑化する現代ビジネスの訴求において、この手の難題解決こそが私たちデザイナーの──デザイナーに限らずユーザーとの接点に立脚する全てのサービサーの、主要活動と言えるかもしれない。

『この手の難題』というのはつまり、「人は必ずイメージをもとに思考している」問題だ。

昨今のビジネスは、技術においても価値においても体験においても、新しいことが極めて多い。冒頭で「でも、それの一体何が問題なの?」と感想を抱かれた方でも、この革新の度重なる社会において、それがどれほど重大な課題となるのかは、お分かりいただけると思う。

人はイメージできないモノゴトを思考できない。言語化されなければ理解できないし、像として可視化されなければ知覚できない。

故に──馬車の時代に自動車の需要が存在しなかったように、それがどんなにに素晴らしいものであっても、イメージできなければ需要が喚起されないのだ。

『まだ存在しない何か』を創造するデザインの本分

デザイナーというビジネスはよく“美しい意匠・造形を創る”だけと誤解されがちだ。

これは、発注者に限ったことではなく、デザイナー自らもそう誤認したまま、業務にあたってしまている節がある。

確かにデザイナーには、そういったアーティスティックなセンスも必要なことは間違いない。何をどこにどう配置すれば美しく見えるのか、ミリ単位のバランス感覚を、色彩感覚を、空間感覚を、勉強や研究、経験の蓄積により獲得しているべきである。

しかしそれはあくまで、デザインの本分を遂げるための、一つの素養に過ぎない。

『ビジネスモデルジェネレーション(株式会社翔泳社)』には、以下のような一文がある。

デザイナーのビジネスは、新しいものを生み出し、未開拓のものを発見し、機能を実現する最善の方法を見つけ出す厳しいものです。その中でデザイナーの仕事は、思考の限界を拡張し、新しい選択肢を生み出し、そして究極的にはユーザーのための価値を作り出すことです。これには『まだ存在しない何か』を想像する力が必要です。

第3章「Design」序文より抜粋

この一文は、我々デザイナーのあるべき主要活動、並びにデザインの本分を如実に表現している。

これを読めば、“美しい意匠・造形を創る”業務が、デザイナーのビジネスにおいて如何に局所的な──枝葉の活動かが理解できる。

そして、上述の『ビジネスにおける難題』と、この『デザインの本分』を並べ合わせて見ると、両者が切り離せない関係であることがわかる。

デザインの本分を実現するデザイナーのプロセス

デザイナーの思考モデルは、コレクト(情報を集め)セレクト(分析・分類し)ディレクト(整理・再構築する)の3つに集約される。

まずは膨大な情報の収集から、それらを複数の視点で観察──場合によっては複数の五感で知覚し、理解を深化していく。その上で分析・分類する。これを幾度となく繰り返していくことで混沌としていた情報を徐々に整理・再構築していく。

その探索プロセスの中で、発想を──新しい捉え方や見せ方を発見し、イメージ化されていなかったモノゴトを言語化・ビジュアル化によって、可視化していく。

これは、とても過酷な作業だ。

第一に、初期では何も見えない暗闇に立ち向かう覚悟や胆力が必要になる。さらに、終着点も判然としない中、発想の一縷を掴むまで愚直にプロセスを回し続ける根気や忍耐もいる。そして、ようやく頭の中に現れた感覚や想像を、実像に落とし込む表現技術が合わさって、完遂となる。

人は無いものを知覚できない。見えないものを見ることはできない。言葉にならないことは理解できないし、存在しないものの形を知ることはできない。人は基本、未知のものを発想することはできない。

だが、デザイナーは人の基本から脱却するために、上記のようなプロセスを通じて、クリエイティビティ──創造的知性を活躍する。これにより、思考の限界を拡張し、新しい認知を開く

思考の限界を拡張するデザイン思考

一般によく曲解、誤解されてしまいがちなデザイン思考には本来、以上のような役割がある。

デザイナーはそのプロセス、ノウハウ、スキルを総動員して、見えなかったものを見えるようにし、言葉にならなかった想いや複雑な概念を言語化し、無かったものを在るものにしていく。

そうやって、今までイメージの無かったモノゴトを可視化することで、ユーザーの新たな認知を開き、未開拓の需要を喚起することができる。

このデザイナーの思考モデルとデザインのプロセスは、技術においても価値においても体験においても、新しい提案の溢れる現代ビジネスにおいて、もっと広く深く活用されるべきだ。

そして、デザイナーの思考モデルとデザインのプロセス──総称して“デザイン思考”が浸透したならば、この国の経済は飛躍的に競争力を増すだろう。

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