UXで解く、良いモノでも売れない理由とそれほど良いモノでなくとも売れる理由

UXで解く、良いモノでも売れない理由とそれほど良いモノでなくとも売れる理由

製品やサービス、モノゴトを得る時、人はどのようにしてその価値を評価しているのだろうか。

多くの人は「品質が良ければ高評価になり、逆に悪ければ低評価になる」と考えていると思う。シンプルで明快だ。確かに一理ある。

だがちょっと待ってほしい。その論理だと、最も売れている商品は最も品質の良い商品ということになるがそれはどうだろう。評価形成が品質の良し悪しに完全依存しているのであれば、その時その時で最も高品質なものしか売れなくなるという事だが、そうはなっていない。

愛着があれば、例え低品質でもリピートして購入することもあるだろう。流行しているとなれば、詳しい品質の比較検討もせずに皆と同じものを手に入れたいと思うのも人情だ。

人の価値評価というのは、思っているよりずっと複雑な要素の組み合わせによって形成されている。UXでは、その過程を論理的に解説している。



UXにおける価値評価形成の期間モデル

当たり前のことだが、UXデザインの目的は如何に高評価の価値を創出できるかという点になる。その上で世界中の専門家がこれを研究し、人の価値評価形成についての定義付けを進めて来たわけだ。

下の図は2010年、世界のUX研究者30名による専門家会議によって取りまとめられた「UX白書」(URL:http://site.hcdvalue.org/docs)にて掲載されたUXの期間モデルである。

■予期的UX
初めての利用よりも前の期間。製品やサービスへの期待が評価を形成。

■一時的UX(または「瞬間的UX」)
使用した際の直感的・感情的な反応が評価を形成。

■エピソード的UX
特定の利用エピソードに関する評価。ユーザーの行動とその結果に対する心理的な判断が評価を形成。

■累積的UX
使用していない時間も含め、全体的に振り返って意味的・理念的な価値判断が評価を形成。

この図では、それぞれの期間それぞれ異なったメカニズムで評価が形成されるという事が説明されている。

このモデルの図と解説だけを見ても、その他予備知識が無いとあまりピンとこないかもしれないが、つまり何が言いたいのかというと、人の価値評価形成とは極めて複雑な過程・工程を経て行われている。

関わり方によって異なる価値評価に至る

人の価値評価というのは、思っているよりずっと複雑な要素の組み合わせによって形成されている。

UX白書におけるUXの期間モデルでは4つの期間に大別してそれを説明しているが、ドイツのUX研究者であるマーク・ハッセンツァールは、「製品の性質を知覚」→「結果として評価を形成」の2段階で価値評価が形成されている、というような事を解いている。

UX白書もマーク・ハッセンツァールも、異なるモデルを使って人の価値評価形成を定義付けしようとしているが、両者の主張は大きく離れてはいない。

両者とも、関わり方の違いによってユーザーの知覚できる性質が変容し、異なった評価になるということを説明している。

3kgのテディベアにつけられた高評価

少し前に、重量が3kg前後もあるテディベアが特定層の間で人気になった事があった。もちろん今でも一定の人気を保持している。

普通に考えれば、3kgなんて重さのテディベアに需要があるとは思えない。子供に買い与えるにしては重すぎるし、かと言って大人がこぞってこれを抱きしめている光景も想像できない。

この詳細を知らない人からしてみれば、なぜそんな無駄に重いテディベアを購入するのかと疑問符たっぷりに頭を悩ませるだろう。しかし実はこの重さには理由がある。

「ウェイトベア」と検索すれば、同種のサービスを行っている業者が多数ヒットする。ウェイトベアとは、赤ちゃんの出生体重を再現したヌイグルミのこと。

この特性から、出生祝いのプレゼントとして流行したのだ。

吸引力の変わらないただ一つの掃除機

ダイソンの掃除機といえば、今や知る人ぞ知る元祖サイクロン掃除機。大人気の製品で、発売当初は入手困難な在庫状況に陥ったこともあるほどだ。

しかしこのダイソンの掃除機、開発直後の業者向け品評会では全く買い手がつかなかった事を知る人は少ない。

想像してみてほしい。

当時はサイクロン掃除機という概念が存在しなかった。
その上でダイソンの開発した掃除機は、驚異的な吸引力と持続性を実現している一方で、駆動音が実にウルさい。加えてサイズが大きい。デザインも工業的でインテリアとマッチしづらい。おまけに割高だ。

なんの前知識も持たずにいきなり目の前に出されたら、わざわざこの掃除機を選択する人は少ないだろう。家電の販売業者であっても、そのポテンシャルを正確に見抜くことは難しかった。

販売代理を請け負ってもらえず困り果てたダイソンは、意を決して自前でこの製品のプロモーションをする事を決定した。そこで生み出されたのが、お馴染みの「吸引力の変わらないただ一つの掃除機」というキャッチコピーだ。

多少ウルさいのは世界一パワフルだからで、大きくて重いのは相応のテクノロジーを搭載しているから。工業的なデザインはその最先端の技術を感じてもらいたいという意図なんだ。少し値段は張るけど、耐用年数が長いので長期的にみれば全くデメリットじゃないよ。

この宣伝方針のアイディア一つで、ダイソンの掃除機は世界を席巻した。

正しい“伝わり方”を設計する重要性

ウェイトベア、ダイソンのサイクロン掃除機。

この両者はいずれも、利用・購入前に受け取っている情報の違い、ユーザーの関わり方の違いで、その後の評価が一変してしまう好例を示している。

3kgもある不自然に重いテディベアは、出生の喜びを想起させる装置として高い評価を受け取った。ゴツくておよそスタイリッシュとは呼べない掃除機は、文明の進歩を感じさせるハイテクノロジーのアイコンとして多くの人々に愛される結果となった。

評価形成が期間ごとに異なったメカニズムを持つという認識の有無で、結果としてユーザーが形成する評価に雲泥の差が出てしまう。

この仕組みを知っている、ないしは少なくとも認識しているからこそ、テディベアに重量を付加するという付加価値を思いついたわけだし、ダイソンに至っては予期的期間の演出をしていなかった当初、モノは同じなのに箸にも棒にもかからなかった。

人の価値評価形成を深く理解することは、製品やサービスの開発はもちろん、販売戦略にとっても極めて重要だ。

そしてこれを理解し駆使することで、デメリットと感じられてしまう要素もメリットと受け取ってもらう事も可能であり、全く同じ製品でも消費者の満足度を大きく左右できる

逆に、このUX的視点が欠けてしまっていると、開発者にとってはメリットと思っていた特性がデメリットと受け取られてしまったり、メリットになり得るはずの特性をデメリットだと早計に切り捨ててしまう危険性もある。これは需給者双方にとって不幸しか産まない。

文脈全体としての関わり方(=体験)が価値評価をつくる

売れる製品や人気のサービスを生み出したいと考えるならば、その品質を高める方向に大部分のエネルギーを向けようと思うのは普通のことだし、非常に大切なことだ。

しかし、単に高品質なモノを生み出したとして、それが必ずヒットするとは限らないのがビジネスだということも周知の事実だと思う。

では、どうしたら良いモノがきちんとユーザーに届くように出来るのか。

UXで説明されている人の価値評価形成メカニズムのモデルは、その答えを探す上で極めて重要なヒントを提示している。

人は必ずしも、そのモノの品質や特性のみを材料に価値評価を形成してはいない。製品やサービスは、それを受け取るまでに多様な文脈があり、その文脈全体での体験すべてが価値評価に影響しているのだ。

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