ニーズの時代の終焉とウォンツ設計のススメ

ニーズの時代の終焉とウォンツ設計のススメ

一昔前まで、ビジネス成功における最も重要なファクターは「ニーズ」だった。

ニーズとは、簡単に言うと「不便に対する不満」のこと。人々の思う理想の状態と現状のギャップ。困り事と言い換えてもいい。

これがなぜビジネスと紐付くのかという議論は不要だと思う。ニーズがあり、それを解決してくれる製品があれば多くの人は買う。極めて明快な原理である。

ではなぜこれが「一昔前まで」なのか。それが今回のテーマとなる。



ニーズを最重要ファクターに据える危険性

ニーズがあり、それを解決できる製品があれば売れる

正直これは現在でもそこまで変わらない。

食品を長期保存したいニーズに応えた冷蔵庫が売れたように、中長距離の移動を手軽にした自動車が売れたように、暑い夏を乗り越えるクーラーが売れたように、外出先でも容易に連絡を取り合える携帯電話が売れたように、ニーズが察知でき、それに革新的に応えられる技術が実現できれば、それは恐らく売れるし、人々の生活をより豊かに変えていけるだろう。

それならば別段議論の余地はないじゃないかとお思いになるかもしれないが、我々ビジネスパーソンは、気づかなければならない。

こんなに明快なニーズ、現代にはもはやない。

ニーズとは不満・困り事だと説明したが、もっと詳細に定義するならば「渇望する欲求」と言える。生存や生活の成立、またはその利便に対する渇きが、ニーズをより顕在化させる。

しかし現代国家において、幸福なことにモノもサービスも行き届いてしまった現代において、そんな渇きを抱いている人間はごくごく僅かなはずだ。

例えばあなた自身、自分のニーズを言語化することができるだろうか。

いずれ庭付き一戸建てが欲しいだとか、ツーシーターのスポーツカーを所有したいだとか、そんな将来の願望ではない。今現状無くて困っている、渇望している欲求だ。恐らく思い浮かばないのではないかと思う。

世界は物質的にどんどん豊かになっている。

そして物質的に豊かになればなるほど、ニーズは見えづらくなり、それをビジネスの最重要ファクターに据える危険性は著しく増していく。

日本産業界を狂わす20世紀の成功体験

高度経済成長下の日本は、まさしくニーズの坩堝だった。

世の中には不便が溢れ、人々の生活を向上させるヒントはそこかしこに転がっていた。前述した冷蔵庫や自動車はもちろん、技術革新によりそれらをグレードアップさせることで、比較的容易くニーズに応え続けられた。

それに加えて、人口の爆発的増加、円安、持ち前の技術力、成長しない理由の方こそ見つけづらいほど好条件が重なり、日本は瞬く間に世界第2位の経済大国へと駆け上っていった。
この時我が国の国民は、世界におけるたった2%の人口比で世界の富の20%を保有していたと言うのだから、とんでもない成功体験だったのだと想像できる。

だが、この巨大な成功体験は後に極めて重い足枷となって我々の足元をすくうことになる。

日本はもう貧しくない。

戦後から脱却し、世界的な経済大国になり、国民一人一人の生活は安定した。先にも記した通り、モノもサービスもあらかた行き届いてしまったのだ。重ねて産業技術の発展も頭打ち。テレビなどここ数年何が良くなったかもわからない。

こうなってくると「ニーズへの応答」という明快な原理は使えなくなってしまう。旧作の機能改善をしても売れない。お得意の小型化ももう通用しなくなっている。

「良いものを作っていれば売れる」という信仰は脆くも崩れ果ててしまっているのに、多くの日本企業は過去の莫大な成功体験の影響で、これを捨てきれずにいる。

これを私は「足枷」と形容したのだ。

ウォンツに注目する新しいスタイルを取り入れる

新しいといっても、アメリカではマーケティングの分野でとっくの昔から研究されているテーマであるし、日本でも既に複数の成長企業はこれをよく理解し活用している。が、浸透しているとは言い難いので、あえて新しいものとして解説していく。

ウォンツ」とは一言で言えば欲求のこと。

ただし、ニーズが不満や困り事など現状抱えている課題解決に対する需要を表すのに対し、ウォンツは「ああしたい」「こうしたい」といった感情的な意味での欲求である。

つまり「ウォンツに注目する」とは、感情にフォーカスするということだ。

現代の消費を生み出すには、ニーズに応答しているだけではままならない。これはわかっていただけたと思うし、そもそもヒットに繋がるニーズを発掘することそのものが難しい。

そんな中「欲しい」という欲求を誘発するために必要なことは、感情の設計だ。戦略と言い換えてもいいが、ニーズと異なりウォンツは演出が容易なところにミソがある。

例えばニーズが無いのにウォンツだけで購入されていく製品とはなんだろうかと考えてみて欲しい。

うさぎの人形がついたのキーホルダーがあるとしよう。

これは果たしてニーズによって購入されているだろうか。少なくとも無ければ困るものではない。鍵を無くさないためにキーホルダーは必要かもしれないが、それならばカバンに入れておくと汚れる人形は選ばない。しかし不思議と買われていく。

あえてこう聞かれると難しい問いに聞こえるかもしれないが、なんのことはない。「かわいい」という感情が購買行動を喚起させたに過ぎない。以前「デザインでターゲットを決めなければいけないワケ」という記事でも触れたが、人の行動は思っているよりずっと感情で動いている

これは単に製品の造形の話になっているし、うさぎのキーホルダーが爆発的に売れているわけでもない。

しかし造形のみならず、売り方、もっと詳しくいうと出会い方や届け方や関わり方など、その製品と消費者とのあらゆる接点でも演出を取り入れることは可能だし、それらが的確に工夫されていれば、このキーホルダーが金の卵になる可能性も十分にあり得る。

では、その演出の仕組みを取り入れている商品としていない商品。どちらが消費者に選ばれるだろうか。その答えはあえて口に出すまでもなく自明の理だろう。

現代のビジネス成功における最も重要なファクター

ウォンツを引き出すためには様々な手法がある。

それは例えばマーケティングであったり、広告や意匠のデザインであったり、ブランディングであったり、ライティングであったり、販売方法であったり様々だが、それらをひっくるめて戦略と言う。

職人的に良いものを作り続けていれば売れるという時代は終わった。真摯に良いものを追い求め作り続けていれば、やがて誰かの目に止まるはずという考え方は商売を滅ぼすことになる。

その製品やサービスとユーザーとの、出会い方、届け方、関わり方。その全てを戦略的に演出することが、現代のビジネス成功における最も重要なファクターだ。

商売はより複雑になった。

しかしその反面、誰にでもチャンスがあるよい時代になったとも言える。

なぜなら、ニーズ中心の商業社会では安くて良いものが選ばれる。すなわち、技術力に加えて資本力が成功の絶対条件だったのだ。市場のニーズに圧倒的速度で応え、大量に生産し価格競争に勝利する一昔前のビジネスモデルは、資本的弱者に厳しい。

しかし今なら、アイディア次第でいくらでも差別化が可能であり、多様な需要を設計できるのだから、こんなにチャンスに恵まれた時代もないのではないかと私は考える。

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