『スープのある一日』から学ぶ“事業の世界観”を巧みに定義する表現方法

『スープのある一日』から学ぶ“事業の世界観”を巧みに定義する表現方法

事業を“定義すること”は、顧客に買ってもらうにせよ、社内で企画を通すにせよ、必ず必要となってくる。何をするにせよ、他者に共有するために必ず言葉にしなければならない。

しかし、これが結構難しい。

なぜなら『事業の定義』というものに、これといって決まったフレームワークが存在しないからだ。

いやあるにはあるが、なにせ無数にある。あれをせよこれをせよと、いろんな人が色々と言うものだから、結局どう手をつけるべきか毎回悩む。



必要最小だけでは世界観やイメージが伝わらない

おそらくそれらの枠組みは、ピーター・ドラッカーによる『自社をいかに定義するか』についての設問がルーツとなるだろうと思う。

・我々の事業は何か
・顧客は誰か
・顧客はどこにおり何を買うか
・我々の事業は何になるか
・我々の事業は何であるべきか
・我々の事業のうち何を捨てるか

『マネジメント-基本と原則』ピーター・ドラッカー著(ダイヤモンド社)

これは極めて簡潔に、『事業の定義』にとって必要な内容がまとまっており、答え易いところからでも埋めていけば、あらかた言語化される。そのため、今日でも多くの現場で参考にされているし、現代のマーケティング学の中でも基礎となっているように思う。

じゃあこれをフレームワークにすればいいのかと言うと、ままならない。

マーケティングや企画など、事業を言語化する必要がある業務をされている方にとっては既知のことと思うが、それらはあくまで“必要最小”に過ぎないのだ。

家に例えるなら土台。基礎工事を終えたところで空間の感じ方や内装の雰囲気がわからないように、『事業の定義』としても、それだけでは最も重要な“世界観”や企画者が抱いている“イメージ”が全く伝わらない。

一昔前は別として、現代の高度に複雑化した実業界においては、共感の呼び水になるような“世界観やイメージの表現”が『事業の定義』にとって極めて重要になってくる。

そしてそれが──“世界観”だの“イメージ”だのといった曖昧な要素を言語化する必要性が、『事業の定義』の方法を多様化させ、ノウハウや決まった手引きなどでは解決できなくさせている。

詩的表現で巧みに曖昧な情報を言語化

Soup Stock Tokyoといえば、スープのファストフードという唯一無二のジャンルを確立した店として、知る人ぞ知るビジネスモデルだ。

加えてビジネスパーソンにとっては、そのSoup Stock Tokyoを作り出したユニークな企画書『スープのある一日』もまた、語り草となるほどに知られている。

『スープのある一日』は、企画書でありながら、全編ショートエピソード集の形式でまとめられている。コンセプトやビジョンの項目だけではない。実際のオペレーションや営業目標など、細部に至るまで全てだ。

ショートエピソードは、Soup Stock Tokyoがすでに存在している未来の視点から語られている。そして最後には、以下のように締め括られる。

このストーリーはフィクションであり、登場する人物は全て架空のものですが、現存する方々と酷似しております。

『スープで、いきます』遠山正道著(新潮社)

企画書なんて、まだ実現されていない事業について語らなければいけないのだから、中身は基本的に予測や憶測になる。しかし、それをそうと悟られないようにするのが従来的な発想だ。

しかし『スープのある一日』ではそれを開き直って「フィクションである」と言い切ってしまっている。実にユニークだ。

そして実際に中身を見ればわかるが、ユニークでありながら物語を上手く用いて巧妙に“世界観”だの“イメージ”だのといった曖昧な情報を言語化──情景化している。読んでいてとても面白いし、分かりやすく、想像力を掻き立てられる。

Soup Stock Tokyo一例は、アート的な発想──この場合は詩的なアプローチ──が、『事業の定義』の表現にとって、どれだけ有効に働くかを示してくれる。

受け取り手の想像力による補完を促す未完成さと曖昧さ

“世界観やイメージ”を共有するためには、形式的な文言や分析的なデータだけでは足りない。

そこには説得を目的としない、もっと柔軟で未完成な、受け取り手の想像力による補完を必要とする曖昧な表現がなくてはならない。

Soup Stock Tokyoの『スープのある一日』では、その曖昧さをショートエピソード集による“情景化”によって成している。これは実に秀逸だ。

ではこれをベストプラクティスとして、全ての場面で真似れば良いかというと、そうもいかないのが『事業の定義』の難しさであり、フレームワーク化できない所以である。

当たり前だが事業は全て性格が異なる。というか今日日、ビジネスは性格がユニークではなくては成立しない。それに伴い、それらの“世界観やイメージ”をなるべく純粋に表現する技法は様々なのだ。

時にそれは一枚のコンセプトアートかもしれないし、ショートフィルムかもしれない。あるいは数式ということもあるやもしれない。事業を擬人化してキャラクターとして表現するなんて方法も聞いたことがある。

『事業の定義』は、論理や分析などいわゆる左脳的なアプローチだけでは成立しない。

少し頭を柔らかくして、想像力を働かせて、受け取り手の想像力を働かせられるような、アート的な発想を動員する必要がある。

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